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大隅北小学校のある大隅半島には鹿児島県が世界に誇る巨人、
「弥五郎どん」(やごろうどん)がおられます。
それは“巨人伝説”として知られますが、なぜ世界に誇るかというと、1992年スペイン バルセロナで行われた「世界巨人博」に弥五郎どんが招待されたのです。この模様はテレビでも放映されましたので、まさに世界中の人が弥五郎どんを見たでしょうね。世界中の巨人たちと一緒にパレードをする様子をニュース映像で見た記憶がありますが、弥五郎どんは他を圧倒する雄姿を誇っていました。
「弥五郎どん」の“どん”というのは鹿児島での敬称ですが、“様”とか“殿”などのかしこまった言い方ではなく、親しみを込めた言い方です。鹿児島で他に有名なのは、西郷隆盛や大久保利通を親しみを込めて“西郷どん”、“大久保どん”と言ったりもしますね。西郷どんと大久保どんは実在の人物ですが、弥五郎どんは伝説です。
900年余りの伝統を持つ弥五郎どん祭りは鹿児島県の三大祭りとされ、昭和63年には鹿児島県無形民族文化財にも指定されています。 |
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■伝説
弥五郎伝説は諸説あり、300才の長寿を誇り、六代天皇に仕えた「武内宿弥」とか、隼人族の首領と言われたりもしています。しかし、その実態ははっきりとしていないのが現状です。大隅でもその地域により微妙に異なった言い伝えがなされているみたいです。あまりにも長い歴史の中で、史実と物語が混在しあい、独特の巨人伝説としてミステリーな部分が多いのも逆に魅力なのかもしれません。
現在でも弥五郎どんは、穀物の豊作や地方守護の先導役として崇拝を集めています。
実は弥五郎どんには兄弟がいて、3兄弟だという説もあります。大隅の弥五郎どんは次男だそうですが、長男と三男はお隣の宮崎県にいらっしゃるそうです。同じ巨人でも、兄弟でお顔は少しずつ違うみたいですが、手前味噌ながら、大隅の弥五郎どんが一番りりしくも感じます。 |
■弥五郎どん祭り
普段は岩川の丘の上で銅像として大隅の地を見守っていらっしゃいますが、毎年11月3日に行われる「弥五郎どん祭り」では、4m85cmもある大きな弥五郎どんをひっぱり、八幡神社から大隅町岩川の町を練り歩きます。それを「浜くだり」と呼びます。
途中、国道269号線と県道号63号線が交差する陸橋の下を通過しなくてはなりません。そのため弥五郎どんの巨体を後ろに傾けるのですが、ここが見所のひとつにもなっています。沢山の棒でお体を支える引き手たちの力勝負です。
弥五郎どんの肩のあたりに人が乗っていますが、これは練り歩き道中での電線をよける為に、危険な役を担っている方です。勿論、以前にはなかった係りだそうですが、都市化が進むにつれ、スタイルも変わってきています。
もうひとつの見所は、浜くだりを終えた弥五郎どんが八幡神社にお帰りになる際、神社の境内の坂道を、一気に駆け上がって行きます。まさに勇猛果敢な男達が見せるクライマックスです。 |
八幡神社の御神体である大きなお面が付いた弥五郎どんですが、子供たちも引き手の一役を担っています。元々は岩川小学校の5年生男児だけという決まりでしたが、少子化の現在は岩川近郊の小学5年生も活躍しています。そして、大隅北小学校の5年生も大活躍です。
5年生だけではなく、希望する小学生も引き手を勤める事もあるようですが、低学年の児童たちは大きな弥五郎どんではなく、“子弥五郎”を。幼稚園や保育園の園児たちは“孫弥五郎”を引いているほほえましい光景も見られるそうです。 |
今年も11月3日、午前1時頃から弥五郎どん祭りの為の組み立て作業がが始まります。
そして、大隅の地が900年もの歴史を持つと言われる「弥五郎どん祭り」一色に染るのです。
※一部曽於市発行のパンフを引用。
※取材に快くご協力頂いた曽於市役所大隅支所の皆様には、心より感謝を申し上げます。 |
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